東京農工大学大学院生物システム応用科学府の森島圭祐准教授は、昆虫の細胞のロバスト性(丈夫さ)に注目し、培養液の中で拍動し続ける昆虫の心臓の筋肉を動力源にするマイクロマシンを開発しました。
昆虫には血管がありません。循環システムが脊椎動物と異なるため、昆虫の心臓に相当する器官は「背脈管」と呼ばれます。背脈管がポンプとなって、体液を直接体内に送り出します。森島氏の研究グループは、ミツモンキンウワバという蛾の幼虫の背脈管を使い、微小アクチュエータ(駆動装置)を作製しました。
ミツモンキンウワバは背が少し透き通っていて、よく見ると背脈管が動いているのが見える。その背をさばいて背脈管を取り出す。ハサミで数回切った背脈管組織を、培養液に浸したマイクロピラーと呼ばれる微細な柱状突起が並ぶシリコン製シートに絡める。
ヒトやラットの細胞培養法はすでに確立したものがありますが、キンウワバの細胞培養には教科書がありません。培養液の研究に1-2年かかり、背脈管の細胞とマイクロピラーを接着させるノウハウも自分たちで開拓したそうです。
こうして背脈管を動力源にして90日以上マイクロピラーが並ぶ構造体を動かし続けることに成功しました。マイクロピラーは直径100μmで、縦11本×横11本、計121本がシート状に並ぶ。昆虫を使ったこの研究の革新性は、哺乳類の細胞のように37℃を維持する培養装置の中に入れることなく、25℃前後の室温でしかも培養液を全く交換せずに、長期間駆動したことです。単位面積あたりの駆動力も、駆動回数で考えた寿命も、圧電素子や形状記憶合金などを使う従来のマイクロアクチュエータと遜色ないといいます。
ウェットロボティクスを目指して
森島氏は6足歩行マイクロロボットも制作しました。6本のマイクロピラーに背脈管組織を絡めて、ひっくり返すと自律駆動型バイオロボットとなります。分速約100μm、つまり1分間に髪の毛の太さほど移動します。このバイオロボットは、培養液に浸しておけば化学エネルギーで電源不要で駆動する。しかも筋肉なので何らかの負担がかかり切れてしまっても自然に再結合=自己修復します。
昆虫細胞シートを開発する
細胞シート工学の第一人者、東京女子医大の岡野光夫教授の協力を仰ぎ、背脈管組織の細胞シートをつくる研究も現在進行中です。すでに森島氏は東大の北森武彦教授や田中 陽氏らとともに、この技術を使ってラットの心筋細胞シートをつくり、細胞シートの自律的に繰り返される伸縮を動力としてマイクロポンプを作ることに成功しています。哺乳類の場合、細胞同士の栄養や酸素のやり取りは毛細血管を通して行われるので、細胞シートを積層させると栄養や酸素が行き渡らず細胞は死んでしまいます。それに対していくつかの解決策が模索されていますが、昆虫の場合だと血管を必要としないので、酸素のやり取りだけ工夫すればよいのです。昆虫細胞シートを積層させる技術が確立すれば、目的にあった昆虫細胞アクチュエータをよりつくりやすくなります。
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